結論から言います。満たされない気持ちを埋めるための行動には、実は2種類あります。その場しのぎで終わるものと、自分を成長させるものです。ただ、先にお伝えしたいのですが、この記事は「その場しのぎがダメだ」という話ではありません。むしろ逆で、満たされない気持ちを何かで埋めようとすること自体は、心を守るための、とても自然で大切な働きだという話から始めたいと思います。
夫婦関係の「満足度」という数字のからくり
先日、夫婦関係に関する調査データをいくつか見比べる機会がありました。日本の夫婦関係満足度は、調査によって66〜69%程度で推移しています。数字だけ見れば、多くの夫婦が「満足している」ことになります。
ですが、同時に見つけたデータに引っかかりました。夫婦の会話時間は、5割が1日30分未満だという調査結果です。満足していると答える夫婦が7割近くいる一方で、会話は半数が30分未満。この2つのデータは、少し矛盾しているように見えます。
そこで、慶應義塾大学のパネルデータを用いた学術研究を調べてみると、興味深いことが分かりました。妻の夫婦関係満足度を分解すると、「夫への心の支え信頼度」と「夫への経済力信頼度」という2つの要素で説明できるのですが、心の支え信頼度の影響は、経済力信頼度の影響より約3倍大きいという結果が出ています。つまり、満足度という数字の中には、「経済的に安定しているから、まあ満足」という層と、「心から支え合えているから満足」という層が、同じ「満足」という回答に混ざり込んでいる可能性がある、ということです。
もしこれを読んで、「うちも、なんとなく分かる気がする」と思われた方がいたら、それは決して珍しいことでも、恥ずかしいことでもありません。むしろこのデータが示しているのは、多くの夫婦が、多かれ少なかれ同じような満たされなさを抱えているということです。
満たされなさは、どこかに向かう。それは人として自然なこと
満たされない何かがあるとき、人はそれを別の何かで埋めようとします。推し活、SNS、買い物、趣味。今の時代、その受け皿は驚くほどたくさんあります。これは、弱さでも逃げでもありません。心を守るために、人間に備わったごく自然な仕組みです。
心理学には、これに近い概念があります。「代償行動」です。理想とするものが手に入らないとき、似たようなもので代わりに満足しようとする、心の防衛反応のことです。推し活にのめり込む心理を分析したカウンセラーの解説によれば、手に入れたいものが自分のものにならないと感じたとき、他のもので代償して欲求を紛らわせようとするのが代償行動だとされています。これは、しんどい状況を生き延びるための、大切な知恵の一つだと私は思います。実際、推し活や買い物のおかげで、日々を前向きに過ごせている方もたくさんいるはずです。何かに没頭できる対象があること自体、幸せなことだとも思います。
ただ、その一方で、代償行動には一つの性質があります。欲望は十分に満たされないため、心理的な緊張はいつまでも残り続けるということです。埋めても埋めても、どこかでまた同じ渇きが戻ってくる感覚がある方も、もしかしたらいるかもしれません。それは、代償行動そのものが悪いのではなく、その行動が「満たされなさの根っこ」まで届いていないから起こることなのだと思います。
「代償行動」と「昇華」、何が違うのか
ここで、もう一つ別の概念を紹介させてください。「昇華」です。代償行動と同じく、満たされなかった欲求を別のものに向ける点は同じですが、昇華は社会的に望ましいとされる行動によって、不満を解消することを指します。スポーツに打ち込む、芸術作品を作る、といったものが典型例です。
大事なのは、代償行動と昇華は、優劣がある話ではないということです。今この瞬間、しんどさをやり過ごすために何かに没頭することは、それだけで十分に意味があります。ただ、もし余裕が出てきたときに、その関わり方を少しだけ「受け身」から「自分から動く」方向に変えられたら、同じ行動が、緊張を残す代償行動から、成長につながる昇華に近づいていく可能性がある。そういう話です。
| 代償行動 | 昇華 | |
|---|---|---|
| 関わり方 | 受動的(消費する、眺める、繰り返す) | 能動的(工夫する、作る、磨く) |
| 満たされ方 | 一時的。緊張感が残り続ける | 持続的。達成感・成長を伴う |
| 行き着く先 | 同じ行動の繰り返し | 技術・関係・自己理解の深まり |
推し活を例にすると、ただ延々と情報を追いかけ、時間とお金を消費し続けるだけの時期があってもいい。それは今、必要な時間なのだと思います。そのうえで、もし応援の仕方を自分なりに工夫したり、そこから新しいスキル(イラスト、文章、企画力など)が育っていく瞬間があれば、それは自然と昇華に近づいていくのだと思います。無理に「工夫しなきゃ」と自分を追い込む必要はありません。気づいたら少し変わっていた、くらいがちょうどいいのだと思います。
これは、大人にも子どもにも起きていること
この構図に気づいたとき、真っ先に思い出したのが、思春期の子どもたちのことでした。「うるさい」「ほっといて」という言葉の裏に、満たされない何かを抱えている子は少なくありません。専門家の解説によれば、思春期の子どもは「誰もわかってくれない」という怒りや焦りを、的確に伝える言葉を持たないまま、反抗という形で表現してしまうとされています。
子どもがゲームやSNSに没頭するのも、大人が推し活や買い物に走るのも、根っこは同じなのかもしれません。どちらも、満たされない何かを抱えながら、精一杯やり過ごそうとしている姿です。それを頭ごなしに「やめなさい」と否定することは、その子(そして自分自身)が今、必死に自分を守っている行動を奪ってしまうことにもなりかねません。
家庭でできることは、結局「主体性を育む関わり」
ここで、以前書いた思想メモともつながってきます。「教える・教わる」という一方通行の関係だけでなく、「育てる・育む」という、時間をかけて相手の主体性を引き出す関わりが必要だという話です。子どもに対しても、夫婦に対しても、そして自分自身に対しても、同じことが言えるのかもしれません。
- 子どもの反抗を「うるさい」で終わらせず、その奥にある満たされなさに、まず気づいてあげる
- 夫婦関係を「経済的に問題ないから満足」で済ませず、心の支え合いの部分に、少しだけ意識を向けてみる
- 推し活や趣味を、今は「ただ消費する」だけでも構わない。余裕が出てきたときに、「自分なりに工夫する余地」を思い出してみる
満たされない気持ちそのものは、悪いものでも恥ずかしいものでもありません。今は代償行動でしのいでいい。そのうえで、いつか余裕ができたときに、少しだけ主体的な関わり方を思い出せたら。そのくらいの緩やかさで、大人も子どもも、自分のペースで進んでいけたらいいのだと思います。
まとめ
- 夫婦関係の「満足度」約7割という数字の裏に、心の支え合いが満たされていない層が隠れている可能性がある。それは珍しいことではない
- 満たされない欲求を推し活・SNS・買い物などで埋めることは、心を守るための自然な働き
- 心理学の「代償行動」は受動的で緊張感が残りやすく、「昇華」は能動的で成長につながりやすいが、優劣の話ではない
- 両者の分かれ目は、対象そのものではなく「主体性があるかどうか」。無理に変える必要はなく、自然に近づいていくもの
- 思春期の反抗も、大人の代償行動も、根っこにある「満たされなさをやり過ごそうとする姿」は同じ
- 家庭でできることは、否定せず、まず気づき、余裕が出たときに主体性を育む関わりを思い出すこと
アセラズ、クサラズ、アキラメズ。
満たされなさに気づいたとき、それを責めるのではなく、まずは「今日もよくやったね」と、自分にも相手にも言ってあげたいと思います。


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