正直に言います。不登校の子を支える場所は増えているのに、不登校は減っていません。
フリースクール、教育支援センター、通信制高校、オンライン学習支援。この10年ほどで、不登校の子どもを支える選択肢は間違いなく増えました。
それなのに、不登校の子どもの数は増え続けています。文部科学省の調査では、小中学生の不登校は2015年度の約12.6万人から、2023年度には約34.6万人まで増加しました。支援が増えているのに、当事者も増えている。この矛盾を、どう考えればいいのでしょうか。
この記事では、この矛盾の背景にあるものと、保護者として支援団体を選ぶときに持っておきたい視点についてお伝えします。
なぜ支援が増えても、不登校は減らないのか
①制度が「休んでいい」を後押しした
2016年、「教育機会確保法」という法律が成立しました。これは、無理に学校に通わせることがかえって子どもを追い詰めるという反省から、休むことの必要性と、学校以外での学びを認めた法律です。
この法律は、追い詰められていた子どもたちを確実に救いました。一方で、「学校に行かない」という選択肢が制度として明文化されたことで、社会全体の空気も変わっていきました。
②コロナ禍が、全員に「休む経験」を与えた
2020年の一斉休校は、ほぼすべての子どもに「学校に行かない生活」を経験させました。一度その生活を知った子どもの中には、そのまま登校のペースを取り戻せなくなったケースも少なくありません。
制度が扉を開け、コロナがその扉をくぐる経験を全員に与えた。この2つが重なったことで、不登校が増える構造そのものが、社会に自然と広がってしまったのだと感じています。
公立学校が、今も続けている見えない努力
ここで、あまり語られないことをお伝えしたいと思います。公立学校の先生たちは、今もなお「学校に戻ってきてほしい」という思いで、日々努力を続けています。
- 家庭訪問を重ね、根気強く関係を築こうとする
- 教室に入れない子のために、別室登校の体制を整える
- 担任だけでなく、学年全体・学校全体で情報を共有し、見守る
こうした努力は、成果として表に出にくいものです。「今日も来なかった」という結果だけが記録に残り、その裏にある「今日も声をかけ続けた」という努力は、なかなか可視化されません。
以前、区P会長として区内の幼稚園・小中学校を訪問した際、ある先生からこんな話を聞きました。「教員がされて一番嬉しいのは、保護者から『ありがとう』と言ってもらえることです」。
修学旅行や宿泊行事は、教員にとって最もリスクの大きい行事の一つです。子どもの安全を24時間気にかけながら、無事に終える。以前は、送り迎えの際に保護者から「お世話になりました、ありがとうございました」という言葉が自然にありました。
しかし最近は、当たり前のようにそのまま帰っていく保護者が増えているそうです。無事に終えたことへの感謝が、当たり前のこととして受け止められてしまう。この「お客様思想」とも言える空気が、教員を静かに苦しめているという話でした。
そして正直に言うと、学校の努力にも限界があります。一人の担任が受け持つ人数、多忙化する校務、限られた人員体制。どれだけ思いがあっても、一人ひとりに手が届かない現実が、確かに存在します。
この記事を読んでいるのは、保護者だけとは限らないと思っています。「今日も声をかけたけど、来てくれなかった」「これでいいのか」と、誰にも相談できないまま、夜中に一人で検索している先生も、きっといるはずです。
だからこそ、第三の居場所が必要だが
学校の努力だけでは手が届かない部分を、フリースクールや教育支援センターのような「第三の居場所」が補う。この構造自体は、とても大切なものです。
ただし、支援団体であれば何でも良いというわけではありません。中には、意図的ではなくても、結果的に「在籍を続けてもらうこと」が運営の前提になってしまっている団体が存在する可能性も否定できません。これは特定の団体を非難する話ではなく、支援というビジネス・活動が持つ構造的な難しさの話です。
支援団体を選ぶときに確認したい視点
①卒業後・進路の実績を公表しているか
「通信制高校に進学した」「元の学校に戻った」など、具体的な進路データを示している団体は、回復や次のステップを前提に運営されている可能性が高いです。
②在籍期間の見通しを説明できるか
「だいたいどのくらいの期間で、次の一歩を考えていくか」という見通しを説明できる団体は、ゴールを意識した運営をしています。
③「居場所」で終わっていないか
安心できる居場所であることは大切な前提です。ただ、それだけで「次」への言及が一切ない場合は、少し注意深く見てみてください。
④料金体系が長期在籍を前提にしていないか
月謝制で、在籍が長引くほど運営側に有利になるような設計になっていないか、確認しておくと安心です。
心和中学に見る、一つの理想的な姿
先日取材した大阪市立心和中学校(学びの多様化学校)では、校長先生がこう話していました。「ここは最後の砦です。できることなら、ここに来る子がいなくなってほしい」。
転入扱いか出席扱いかの制度説明、卒業生の進路データの公表、生徒数や定員の現実まで、すべてを隠さず示していました。出口を隠さない、むしろ出口を望んでいる。この姿勢こそが、支援団体を見る上での一つの基準になると思います。
まとめ
不登校を取り巻く支援が増えても不登校が減らないのは、価値観の変容という側面もありますが、支援する側の構造的な難しさも背景にあると感じています。
学校は今も見えない努力を続けながら、手が届かない現実を抱えています。だからこそ第三の居場所が必要ですが、その場所を選ぶときには、出口を示しているかどうかという視点を持ってみてください。
今は学校に行けなくても、居場所がある。そしていつでも、帰る場所がある。学校が努力を続け、PTAがその両方を繋ぎ、第三の居場所が今の子どもを受け止める。この三つが揃って初めて、誰も置き去りにされない社会に近づいていくのだと思います。
そしてもし、この記事を読んでいる先生がいたら、伝えたいことがあります。「今日も来なかった」という結果の裏にある、あなたの声かけも、家庭訪問も、見守りも、ちゃんと誰かに届いています。すぐに「ありがとう」という言葉が返ってこなくても、その努力は決して無駄になっていません。区P会長として多くの先生と接する中で、そのことを何度も実感してきました。
あわせて読みたい
アセラズ、クサラズ、アキラメズ。
子どもにとって一番大切なのは、どの場所を選ぶかよりも、その場所が「次」を一緒に考えてくれるかどうかだと思います。


コメント