結論から言います。子どもたちの学校外の学習時間が、この11年で約2割も減っていることが、ベネッセ教育総合研究所と東京大学社会科学研究所の共同調査で明らかになりました。単に「勉強しなくなった」という話ではありません。背景にあるのは、学ぶ意味そのものを見失っている子どもたちの姿です。
この11年で、何が起きていたのか
2015年から2025年までの11年間で、1日あたりの学校外の学習時間は、高校生が22分、中学生が19分、小学校4〜6年生が17分、小学校1〜3年生が9分減少し、すべての学校段階で約2割の減少となっています。内訳を見ると、どの学校段階でも「宿題」の時間の減少が最も大きく、次いで宿題以外の家庭学習の時間が減っていました。
数字の裏側にある意識の変化も見逃せません。「勉強が好き」と答えた子どもの割合が、特に小学生で減少している一方、「何のために勉強しているのかわからない」と答えた割合は、いずれの学校段階でも増加しています。
「叱られたくないから勉強する」子が、過半数を超えた
この調査で、もう一つ気になるデータがあります。勉強する理由として「先生や親に叱られたくないから」と答えた小・中・高校生の割合が、2016年からの約10年間で増加し、過半数にのぼったというものです。「自分に合った勉強のやり方を工夫する」といった、学習の自己調整も、小中学生で減少しています。
これは、以前このブログでも紹介した、自己決定理論という考え方と重なります。人には「自律性」「有能感」「関係性」という3つの心理的欲求があり、外部からの評価や統制が強まるほど、内発的な「やりたい」という気持ちは押しつぶされていくとされています。「叱られたくないから」という理由は、まさにこの外部統制の象徴のような言葉です。
日本経済新聞が提言した「教育に企業の参加を」
この調査結果を受けて、日本経済新聞に寄稿したベネッセ教育総合研究所と東京大学の研究者は、教育に企業の参加を、という提言をしています。実際、こうした動きはすでに始まっています。文部科学省の「土曜学習応援団」という仕組みでは、多様な民間企業・団体・大学等が登録し、土曜日に限らず、夏休みや放課後等に、出前授業や施設見学等を提供しています。企業が持つ専門知識や実社会での経験を、学校の授業だけでは提供しにくい「学ぶ意味」の補完として活かそう、という狙いです。
その提言の先を、すでに走る学校がある
先日、第74回日本PTA全国研究大会奈良大会に参加してきました。その中の分科会で紹介されていたのが、「マイスター高等学院」という学校です。地域企業が学校そのものになるという、これまでの「企業が授業を手伝う」という発想を、さらに一歩踏み込んだ仕組みです。基調講演では、マイスター育成協会代表理事の高橋剛志さんが、テストの点数や内申書とは関係のない、子どもたちの才能を開く新しい教育の在り方について語っていました。
生徒は週4日を提携企業での実践的な現場教育(OJT)に、週1日を通信制高校の学習にあて、給与を得ながら技術を身につけます。卒業後は、そのまま提携企業への就職という、一貫したキャリアを歩むことができます。設立からわずか3年ほどで、北海道から沖縄まで、全国50校規模に拡大しています。
高橋さん自身も高校を中退し、大工の世界で経験を積んできた人物です。暗記中心の教育の中で、自分の意見や考え方を持つことが、かえって排除されていく現状に疑問を抱き、この学校を立ち上げたといいます。人材不足に悩む地域企業と、学ぶ意味を見失った若者、この2つの課題を同時に解決する試みとして、注目を集めています。
全国研究大会に参加して感じたのは、テストの点数だけでは測れない子どもの可能性に、本気で向き合おうとしている人たちが、全国にいるということでした。マイスター高等学院のような仕組みは、まだ知らない人も多いと思いますが、知っておく価値のある選択肢だと感じています。
企業が「手伝う」から、企業が「学校になる」へ
日本経済新聞の提言する「企業の参加」は、あくまで既存の学校教育を補完する立場です。一方、マイスター高等学院のような仕組みは、企業そのものが教育の主体になるという、もう一段踏み込んだ形です。
もちろん、すべての子どもにこの仕組みが合うわけではありません。ただ、「なぜ勉強するのか分からない」という子どもたちが増えている今、机の上の勉強だけでなく、実際に働き、感謝され、対価を得るという経験そのものが、学ぶ意味を取り戻す一つの手段になり得るのだと思います。
まとめ
- 子どもの学校外の学習時間は、この11年で約2割減少している
- 「何のために勉強しているのか分からない」と感じる子どもが、すべての学校段階で増加している
- 「叱られたくないから勉強する」という子どもが、過半数を超えている
- 専門家は「教育に企業の参加を」と提言しており、土曜学習応援団など既に一部で実践されている
- その先を行く実例として、地域企業そのものが学校になる「マイスター高等学院」のような仕組みも生まれている
アセラズ、クサラズ、アキラメズ。
勉強の意味は、教室の中だけで見つかるとは限りません。実際に社会と接する経験の中にこそ、答えが見つかる子どももいるのだと思います。


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