結論から言います。「アンケートで、気分が落ち込むことはありますかと聞かれれば、多くの生徒は『あまりない』を選ぶ」——これは、実際にAIツールを開発した、ある高校生自身の言葉です。本当に苦しんでいる子ほど、既存の仕組みでは拾えない。この指摘に、はっとさせられました。
アンケートでは、本当に苦しい子ほど見えてこない
広尾学園高等学校2年生の田雨竜さんは、10年間海外で暮らした後、日本の学校に戻ってきました。その経験から、こう振り返っています。「周りに合わせるのに精一杯で、困っていることを言葉にする余裕がありませんでした」。
学校には、スクールカウンセラーも、心の健康アンケートも、担任の先生との面談もあります。それでも、本当に苦しんでいる生徒ほど、その仕組みを使いません。アンケートで「最近、気分が落ち込むことはありますか」と聞かれれば、多くの生徒は「あまりない」を選びます。正直に答えて呼び出されるのは面倒だし、選択肢のどれも自分の状態に当てはまらない。そうして先生の手元には、「全員おおむね元気」という結果だけが残ってしまう、というのです。
毎日3〜5分の日記で、変化を捉える
田さんが開発したのが、「Blesc(ブレスク)」という学校向けのツールです。生徒が1人1台端末で毎日短い日記を書き、AIがその生徒の変化を捉え、先生が早めに声をかけられるようにする仕組みで、朝のホームルームの3〜5分で使えるよう設計されています。
京都大学と共同開発するナレッジグラフの技術を活用し、ストレスや不安の根本的な要因を可視化することを目指しているとされています。「聞かれて答える」形式ではなく、「日々の言葉の変化を、そっと見守る」形式だからこそ、拾える声があるのだと思います。
もう一つの、見えにくい「声を上げられない」構造
この記事を書きながら、忘れられない話があります。長男の同級生に、小学校低学年で日本に来た、中国籍のお子さんがいました。小学6年生になる頃には日本語をほぼ完璧に習得し、友達ともしっかりコミュニケーションが取れ、小学校生活を楽しく過ごしていたそうです。
ところが、中学生になってから、その子は不登校になりました。理由は、本人の日本語力や、友人関係の問題ではありませんでした。学校からは、体操服のゼッケンの貼り方など、細かい決まりごとを記したプリントが配布されます。でも、そのプリントは日本語で書かれていて、親御さんは日本語を読むことができません。子ども自身が、その内容を親に翻訳して伝えるのは、簡単なことではありません。結果として、決まり通りに準備ができないまま登校し、そのたびに厳しく指導される、ということが続いたそうです。
本人には、何の落ち度もありません。ただ、家庭の言語環境という、本人にはどうにもできない事情によって、学校という場所が、少しずつ苦しい場所に変わっていってしまったのだと思います。
「元気です」の裏側にあるものは、一つではない
Blescが向き合おうとしているのは、「本当は苦しいのに、正直に言えない」子どもたちです。でも、その「言えない理由」は、一つではないのだと思います。日本語で育った子が、感情をうまく言葉にできないケース。そして、感情そのものは言葉にできても、その背景にある家庭の事情、言葉の壁、文化の違いといった、**もっと構造的な要因**が絡んでいるケースもあります。
もし、こうしたツールが、日本語だけでなく、複数の言語で日記が書けるような形にまで発展していけば、外国籍の子どもたちが抱える「声を上げられない」事情にも、届く可能性があるのではないかと思います。これは、今すぐの話ではなく、あくまで一つの願いですが、開発初期からこの視点が意識されることには、大きな意味があると思います。
まだ発展途上だからこそ、正直にお伝えしたいこと
Blescは、まだ社会実装への挑戦段階にあるプロジェクトです。全国の学校に導入された、完成された解決策ではありません。ただ、こうした課題意識が、大人からではなく、当事者に近い世代の高校生自身から生まれてきていることに、大きな価値があると感じています。
「話そうと思えた時点で、もう限界を超えていた」——田さんが紹介していた、この言葉を、私たち大人も、心に留めておきたいと思います。
まとめ
- 既存のアンケートやカウンセリングでは、本当に苦しい生徒ほど「あまりない」を選び、見えてこないという課題がある
- 高校生が開発した「Blesc」は、毎日の短い日記をAIが分析し、生徒の変化に先生が早めに気づける仕組み
- 「声を上げられない」理由は一つではなく、外国籍の子どもたちのように、家庭の言語環境という構造的な要因が背景にあるケースもある
- Blescはまだ発展途上のプロジェクトだが、当事者世代からこうした課題意識が生まれてきていること自体に価値がある
アセラズ、クサラズ、アキラメズ。
「元気です」という言葉の裏側に、何があるのか。それを想像しようとする姿勢だけは、大人も、子どもも、忘れずにいたいと思います。


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