「やりたいことをやりなさい」その言葉、届いていますか

育児・生活習慣系

結論から言います。「やりたいことがなくなっていく」のは、気のせいではありません。実際に、学術的な研究で確認されている現象です。小学生の頃は、なんとなくあった気がする「やりたいこと」。中学、高校と進むにつれて、消えていく気がしませんか?今日は、その理由と、親にできることを、調べてみました。

意欲の低下は、実際に研究で確認されている

教育心理学の研究によれば、学校移行期(小学校から中学校、中学校から高校へ移るタイミング)は、充実感と統制感が低く、学習への不安が高まることが分かっています。さらに、「中学生の間に、ポジティブな態度を持つ群は減少してしまう」という調査結果もあります。

つまり、「うちの子だけ、やる気がなくなってきた」という感覚は、多くの家庭に共通する、構造的な現象だということです。

なぜ、意欲は失われていくのか。自己決定理論という視点

心理学者のデシとライアンが提唱した「自己決定理論」では、人間には生まれつき、「自律性」「有能感」「関係性」という3つの心理的欲求があるとされています。

  • 自律性:自分の行動は、自分で決めていると感じたい
  • 有能感:自分にはできる、うまくやれると感じたい
  • 関係性:大切にされている、愛されていると感じたい

学年が上がるほど、「内申点」「偏差値」「受験」という、外部からの評価軸が急激に増えていきます。この「評価・統制」の要素が強まるほど、自分で自分をコントロールしている感覚(自律性)は失われ、内発的な「やりたい」という気持ちは、押しつぶされていくとされています。

「どうしたいの?」に、答えられない子が7割

ある調査では、高校生の71.3%が、進路について悩んでいると回答し、その中で最も多かったのが「将来やりたいことがわからない」という悩みでした。

つまり、「どうしたいの?」と聞かれて、「分かっているのに言わない」のではなく、「本当に、自分でもまだ分かっていない」という子どもが、大多数だということです。

親は、実は「やりたいことをやりなさい」と、ますます言うようになっている

ここで、非常に興味深いデータがあります。全国高等学校PTA連合会とリクルートの調査によれば、高校生に「進路の話をするとき、保護者がよく使う言葉」を尋ねたところ、「自分の好きなことをしなさい、やりたいことをやりなさい」が、59%で突出して1位でした。保護者自身の回答でも、同じ言葉が65%で1位です。

そして、この言葉の使用率は、この10年で、上昇し続けています。逆に「勉強しなさい」「資格を取りなさい」という言葉は、減少傾向にあります。子ども自身の意志を尊重しようという、時代の価値観の変化が、ここに表れています。

でも、その言葉は、届いていないかもしれない

ここで、一つの、大きなズレに気づきます。親が「やりたいことをやりなさい」と、ますます言うようになっている、まさにその同じ時期に、高校生の71.3%が「やりたいことが分からない」ことに悩んでいるのです。

親は、「自由を尊重している」つもりで、この言葉をかけています。ですが、「やりたいことが、そもそも分からない」子どもにとっては、この言葉自体が、答えのないプレッシャーになっている可能性があります。「やりたいことをやっていい」と言われても、「やりたいこと」そのものが見つからなければ、身動きが取れなくなってしまうのです。

「やりたいこと」は、最初からあるものではなく、育つもの

自己決定理論には、興味深い考え方があります。動機づけは、「無気力」から「言われたからやる」、そして少しずつ自分のものとして取り込みながら、最終的に”内発的動機づけ”へと、連続的に変化していくというものです。

多くの子どもは、最初から明確な「やりたいこと」を持っているわけではありません。外部からの働きかけを、少しずつ自分のものとして取り込んでいく過程を経て、初めて「やりたい」という気持ちが育っていきます。

小学生と、思春期以降とで、声かけを変える必要がある

小学生の頃は、「頑張ったね」「工夫したね」という、直接的な評価の言葉が、素直に届きます。ですが思春期になると、同じ言葉が「上から目線で評価されている」と感じられ、かえって届きにくくなることがあります。

専門家の指摘によれば、「大人と大人として接するからこそ、いざというときの言葉が心に届くようになる」とされています。評価するより、問いかけ、そして「聞かれてもすぐには答えられない」ことを前提に、焦らず待つ姿勢が必要です。

我が家の場合

以前このブログで、3人の息子たちの話を紹介しました。3年生から6年生までの4年間、一つの競技を続けることを”縛り”にし、その後は完全に自由に任せる、という設計です。

今振り返ると、これは「まず、小さな自己決定を体験させる練習期間」を作り、その先で、本当の自由を、段階的に手渡していくプロセスだったのかもしれません。三男が、続ける中で「シュート」という自分の得意を見つけたように、「やりたいこと」は、与えられるものではなく、日々の小さな経験の積み重ねの中から、じわじわと育っていくものなのだと思います。

まとめ

  • 「やりたいことがなくなっていく」のは、気のせいではなく、多くの子どもに共通する構造的な現象
  • 原因は、学年が上がるほど強まる外部評価と、それに伴う統制感の低下
  • 高校生の7割以上が「やりたいことが分からない」という悩みを抱えている
  • 親は「やりたいことをやりなさい」と、この10年でますます言うようになっているが、それが必ずしも届いているとは限らない
  • 「やりたいこと」は、最初からあるものではなく、日々の小さな自己決定の積み重ねの中で育っていく
  • 「どうしたいの?」に、すぐ答えられなくても、それは自然なこと。焦らず、問いかけ続けることに意味がある

アセラズ、クサラズ、アキラメズ。

「やりたいことをやりなさい」という言葉自体は、間違っていません。むしろ、子どもの意志を尊重したいという、深い願いから出た言葉です。ただ、その言葉を届ける前に、少しだけ、立ち止まってみてほしいと思います。「やりたいことをやらせたい」。そして、「やりたいことが、まだ見つかっていない子には、それを一緒に見つけてやれる親でありたい」。それこそが、今、本当に必要な姿勢なのだと思います。

あわせて読みたい

コメント

タイトルとURLをコピーしました