結論から言います。「効率化」「時代に合わせた構造改革」という言葉のもとで、PTAやスポーツ少年団の当番文化が、今まさに見直されています。それ自体は、間違っていないと思います。ただ、私たちはもう目の当たりにしているのではないでしょうか。効率化が本当に奪っているのは、時間ではなく、人と人との関係性そのものだということを。
この記事で分かること
- 野球・サッカー・バスケで進む「当番廃止」の現状
- 当番制がもたらしていた、目に見えにくい価値
- “やれない人”と”やりたくない人”を、仕組みがどう分けてしまうか
野球もサッカーもバスケも、当番はなくなりつつある
学童野球の世界では、全日本軟式野球連盟が保護者に負担のかからない柔軟なチーム運営を求める異例の通知を出しました。競技人口は2009年の18万58人から、直近では11万756人まで、38.5%も減少しています。サッカーでも、お茶当番や土曜当番を完全に廃止したチームが出てきていますし、ミニバスでも同様の見直しが進んでいます。
共働き世帯の増加と、競技人口減少への危機感。この2つが、当番文化を過去のものにしようとしています。
当番があったから、得られていたもの
ただ、当番やお茶出しを経験してきた保護者たちの声を見ると、そこには単なる「負担」だけではない何かがあったことが分かります。最初は「誰が誰かも分からない」関係だった保護者同士が、いつの間にか助け合い、笑い合う仲間になっていく。子どもの成長を、試合の勝敗という結果だけでなく、日々の練習の積み重ねとして、間近で見守れる。
これは、当番という「面倒な仕事」の副産物として、自然に生まれていたものです。
やれる人、やりたくない人、やれない人
一方で、当番制には、はっきりとした歪みもあります。参加する家庭は、この関係性の恩恵を最も受けられます。参加したくない家庭は、それはそれで一つの選択です。問題は、参加したくてもできない家庭が、参加したくない家庭と同じ「非協力的」というレッテルを貼られてしまうことです。
共働き、シングルでの子育て、家族の介護。理由は様々にもかかわらず、練習を手伝えない親には「協力しない人」という評価が下されてしまう。これは、当番を頑張る人の悪意ではなく、仕組みそのものが、事情を区別できていないことが原因だと思います。
「メリットあるの?」という質問そのものが、時代を映している
私は元PTA会長として、「何のためにPTAをやっているの?」「メリットあるの?」と、何度も聞かれてきました。当時の私は、「今の教育が知れるし、子どもを叱るときにズレがなくなる」と答えていました。今振り返ると、これは「自分のため」と言い切ることへの、ちょっとした遠慮だったのだと思います。
今なら、はっきりこう言えます。メリットはある。ただし、それは他人に見せられるメリットではない。自分の中に蓄積される、子どもを見る目の解像度が上がる、というメリットです。
SNSでは、試合の応援は「いいね」がもらえても、お茶当番や役員の苦労は、誰にも見せられません。承認されない努力は、今の時代、コスパが悪いと判断されがちです。でも、コスパで測れないところにこそ、価値が残っていることもあります。
我が家の場合
メリットあるの?と聞かれ続けて、今は自分の為になると答えています。
仕組みを変えることは、何かを失うことでもある
負担を減らす。効率化する。これ自体は、片親家庭や共働き家庭への、正しい配慮です。ただ、負担をなくすということは、その負担の中に自然に生まれていた、人と人との関係性も、一緒に手放すということでもあります。
自治会の加入率は、この10年で大きく下がり続けています。地域によっては、35%を切るところも出てきました。これは、PTAや少年団の当番と、まったく同じ流れの中にあります。「非効率だから、なくす」という判断が積み重なった先に、今、私たちは「人と人との関係性が失われた社会」を、目の当たりにしているのではないでしょうか。
まとめ
- 野球・サッカー・バスケいずれも、当番制の見直し・廃止が進んでいる
- 当番制には、保護者同士の結束や、子どもの成長を見守る喜びという、見えにくい価値があった
- 一方で、事情があって参加できない家庭が、参加したくない家庭と同じ扱いを受けてしまう構造的な問題がある
- 「メリットあるの?」という問いの裏には、評価経済的な「見せられる成果」への偏りがある
- 効率化・構造改革は、負担と同時に、人と人との関係性も手放している可能性がある
- 自治会加入率の低下も、同じ構造の延長線上にある
アセラズ、クサラズ、アキラメズ。
なくすか、残すか。その二択で急いで決める前に、少しだけ立ち止まってみてほしいと思います。「これをなくしたとき、何が一緒に消えるのか」。それを分かった上で選ぶことこそが、本当の意味での「構造改革」なのだと思います。


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