朝7時開門はバズったけど、本当に効くのは「地域の信頼関係」だった

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結論から言います。「小学校の開門を朝7時にしよう」というニュースが、SNSで大きな話題になりました。共働き家庭にとっては、切実にありがたい話です。でも、この話題には「子どもを預かる側の負担が、これ以上増えるのはおかしい」という、強い反発の声も同時に集まりました。

「小1の壁」を解消するための、朝7時開門

小学校に進学したとたん、子どもの預け先がなくなってしまう「小1の壁」。この対策として、開門時間を早める動きが、全国に広がっています。大阪府豊中市では、2024年から午前7時からの見守り事業を導入し、体育館等で児童を見守っています。実際に利用した保護者からは、「直接『いってらっしゃい』と言える人がいるのは、すごく助かる」という声が上がっています。

同じ「早朝開門」でも、正反対の結果が出ている

ただ、まったく同じような取り組みでも、市によって反応が大きく違います。群馬県高崎市では、2026年度から市内すべての小学校で開門時間を午前7時にしましたが、教職員組合が実施したアンケートでは、対象教職員のうち、なんと約96%が反対という結果でした。理由は、早朝開門でトラブルが起きた場合、結局は教員の負担になってしまう、というものです。

豊中市の場合、教員の勤務時間は見直さず、教育委員会事務局の責任で行うという建前になっています。それでも、「地域主導」を掲げながら、実際には学校という場所の中で行われる以上、何かあったときの責任の所在は、どうしても曖昧になりがちです。

夏休みのイベントとは、何が違うのか

ここで、一つ疑問が浮かびます。夏休みのイベントは、PTA主導で教員も一緒に楽しめる、win-winの関係になっていることが多いのに、なぜ朝の見守りだけは、こうもうまくいかないのでしょうか。

考えてみると、この二つは、まったく性質が違います。夏休みのイベントは、年に数回の「非日常」です。特別な日だからこそ、教員も「参加したいから参加する」という、楽しむ側に回れます。一方、朝の見守りは、年間200日以上続く「日常」です。楽しむ余地のない、純粋な責任として、毎朝のしかかってきます。しかも、「子どもが来ない」「体調が悪い」といった、予測できない対応が、毎朝、起こりうるのです。イベントは負担を分散すれば楽しさとして返ってきますが、毎日の見守りは、どれだけ分散しても、責任という重さそのものは、消えてくれません。

親は、カスタマーではない

「開門を早くしてほしい」という要求は、もっともな願いです。ただ、それが「学校というサービスに対する、一方的な要求」になっていないか、少し立ち止まって考える必要もあると思います。

実は、私が知っている小学校のラジオ体操でも、似たようなことが起きています。地域主催という建前でも、毎回ではないにせよ、教頭先生が顔を出していることがあります。「何かあったときのために」という、学校側の見えない配慮です。地域・保護者主導という建前の裏で、学校側は、責任の一端を、静かに背負い続けているのです。

行き着いた、一つの解決の方向性

ここまで考えて、一つの案にたどり着きました。地域ボランティアが主導するのであれば、学校の校門ではなく、地域の公民館に子どもたちを集めて、みんなで一緒に登校するという形にしてはどうでしょうか。

これは、学校の敷地から切り離すことで、責任の所在が「学校」ではなく「地域」に、はっきりすることを意味します。教員が、何かあったときのために顔を出す必要もなくなります。しかも、これは新しい発想ではなく、昔からある「集団登校」の仕組みに近いものです。子どもを預かるだけでなく、地域の大人と子どもが、一緒に歩きながら、関係性を育む機会にもなります。

本当にポイントになるのは、「地域と保護者の信頼関係」

ただし、この仕組みには、一つ大きな条件があります。学校という後ろ盾がない分、地域住民同士の、生身の信頼関係だけが、その安全性を支えることになるのです。「知らない大人に、子どもを預ける」ことへの不安は、学校という制度の中でなら、多少は和らぎます。でも、公民館という、より地域色の強い場になると、その安心感がなくなる分、「この人になら任せられる」という、実際の人間関係が、すべての土台になります。

結局のところ、効率化された制度をいくら整えても、それだけでは解決しきれないものがあります。本当に子どもを守る力になるのは、制度ではなく、顔の見える信頼関係なのだと思います。

まとめ

  • 「小1の壁」対策として、小学校の開門時間を早める動きが全国に広がっている
  • 同じ取り組みでも、市によって教員の反応は正反対。責任の所在が曖昧なままだと、現場の反発は強くなる
  • 夏休みイベントと朝の見守りは、「非日常」と「日常」という、まったく違う性質の負担である
  • 「親はカスタマーではない」という視点、支える側に回る意識が大切
  • 公民館集合・集団登校という、学校から独立した仕組みも、一つの解決策になり得る
  • ただし、それを支えるのは、結局「地域と保護者の信頼関係」に尽きる

アセラズ、クサラズ、アキラメズ。

制度を整えることは、大切です。でも、それだけでは足りません。結局のところ、子どもを守るのは、顔の見える関係を、地道に積み重ねていくことなのだと思います。

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