部活動は「日本の強み」だった。地域移行の前に、知っておきたい現実

言いづらいシリーズ

結論から言います。以前、京都市の部活動廃止について、記事を書きました。効率化の裏で、人間関係や機会の平等が失われていくのではないか、という視点でした。ただ、この問題には、もう一つ、大切な視点があります。実は、部活動は、世界的に見て、非常に高く評価されている仕組みだったのです。

OECDが、部活動を「日本の強み」と評価する理由

部活動研究の第一人者である、関西大学の神谷拓教授によれば、OECDの報告書では「部活動は日本の強みである」と、高く評価されているそうです。諸外国では、子供の文化活動は地域で行われることが多く、日本の部活動は、特殊な教育活動に映るといいます。

その理由は、「非認知能力」の形成にあります。非認知能力とは、自分をコントロールする力、自分と向き合う力、他者と関わる力などを指し、通常の授業だけでは、身につけることが難しいとされています。これは、学力向上だけでなく、卒業後の生涯年収や離職率にも関わるとされ、その育成が、国際的な課題になっているそうです。日本の学校教育は、戦後、授業とは別に、特別活動や課外活動を、教育計画に明確に位置づけてきた、独自の歴史を持っています。

地域移行の”前途は多難”という、専門家の指摘

ただ、こうした国際的な評価とは裏腹に、部活動の実施主体を地域へと移す「地域展開」が、今、進められています。背景には、教師の多忙化があります。日本の教育に関する支出は、OECD加盟国の中でも下位グループでありながら、教師の数が少ない状況で、授業時間以外の特別活動や部活動までを、支えてきました。「日本式学校教育」は、教師の善意に頼りすぎてきた、という指摘は、重く受け止める必要があると思います。

一方で、神谷教授は、地域に任せようにも、施設やクラブが、決定的に不足していると、警鐘を鳴らしています。地域で子供の文化活動を保障している国では、施設が人口百人単位で1つあるのに対し、日本の施設は、約2600人に1つしかありません。この条件の違いを無視して、部活動を地域クラブに移行するのには、無理があるといいます。

実際、1970年代と90年代にも、部活動の地域移行が進められましたが、施設・クラブ・予算が不足していたことで、いずれも失敗に終わっているそうです。

経済格差への、明確な懸念

もう一つ、見過ごせない指摘があります。これまで部活動は、学校の施設や備品を用い、先生たちが、わずかな手当で指導してくれたこともあり、家庭の負担を、軽くすることができていました。ですが、部活動を学校から切り離すことになれば、その費用負担は、家庭に求められることになります。「できるだけ多くの生徒が参加できる部活動」から、「費用が負担できる人だけが参加できるクラブ活動」へと、変わっていきかねない、という懸念です。

それでも、新しい部活動のかたちも生まれている

もちろん、良い動きもあります。神奈川県の横浜清陵高校では、強豪校がひしめく中、生徒による「自治会議」で、チーム課題や練習メニューを議論し、自分たちで部活動を運営する「部活自治」を追求し、選抜大会への出場を果たしました。大阪・堺市では、教育委員会と関西大学が連携し、1人のアスレティックトレーナーが、複数の部活動を同時に指導するという、費用対効果の高い、新しい取り組みも始まっています。

大切なのは、単なる縮小や、コストカットではなく、こうした取り組みを推進するための、国や自治体による財政的な援助と、子供の自治を追求した、新しい時代の部活動への転換なのだと思います。

まとめ

  • OECDは「部活動は日本の強みである」と、高く評価している
  • 非認知能力の形成という、国際的な教育課題に対する、日本独自の答えになっている
  • 地域移行を受け入れる、施設・クラブの数が、日本は諸外国に比べて、圧倒的に少ない
  • 過去2度の地域移行は、いずれも施設・予算不足で失敗している
  • 費用負担が家庭に求められることで、経済格差につながる懸念がある
  • 生徒による自治や、指導者の効率的な活用など、新しい部活動のかたちも、既に生まれ始めている

アセラズ、クサラズ、アキラメズ。

「単なる子供の遊び」か、「非認知能力の形成の場」か。どちらの視点に立つかで、これからの部活動のあり方は、大きく変わります。効率化の議論を進める前に、私たちが本当に大切にしたいものは何か、一度、立ち止まって考えてみたいと思います。

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