結論から言います。多くの親が、心のどこかで願っていることがあると思います。「人から必要とされる子になってほしい」。これは、生まれ持った才能の話ではありません。以前ソフトボール部のコーチをしていた経験と、我が家の3人の息子たちの実例から、そのことをお伝えしたいと思います。
3年生から4年間だけ、続ける「縛り」を作った
我が家では、子どもたちが1〜2年生の間は、特定の競技に絞らず、家族で遊ぶ期間としていました。そして3年生から6年生までの4年間だけは、一つの競技を続けることを”縛り”にしていました。その代わり、中学校からは、完全に本人の自由に任せています。
これは、最初から緻密に計算していたわけではありません。長男や、コーチとして見てきた、たくさんの子どもたちの成長を見る中で、「3年生から始めれば、4年間で、ちゃんと力がつくんだ」ということを、経験の中で、自然と体感していきました。
続けた子は、必ず何かができるようになる
ソフトボールのコーチをしていた頃、はっきりと言えることがあります。3年生から6年生まで、途中で辞めずに続けた子は、どんなに運動が苦手でも、例外なくキャッチボールができるようになり、ルールを覚え、たまにヒットを打てるようになります。これは、才能の話ではなく、続けた時間が、そのまま結果になっているのだと思います。
3人の息子、それぞれの「続けた先」
我が家の3人の息子も、それぞれ違う「続けた先」にたどり着きました。
長男は、6年生になる頃にはチームの主軸を任されるまでに。続ける中で「野球が好きだ」という気持ちが育ち、中学では硬式野球部に進みました。次男は、主軸にはなりませんでしたが、野球を嫌いにはならず、今もエンジョイ野球として楽しんでいます。三男は、バスケットボールを選びました。
向いているのは水泳。それでも、あえてチーム競技を選ばせた
色々な子どもたちを見てきた経験から、実は2年ほど見ていれば、「この子は球技が向いているな」「この子は個人競技が向いているな」ということが、なんとなく分かるようになります。三男は、正直、水泳のような個人競技の方が向いているだろうと思っていました。
それでも、あえてチーム競技を選ばせたのには、理由があります。関係性、一人ではできないこと、相手を思いやる心を、育ませたかったからです。
シュートという、一点に絞って続けた結果
三男は、正直、バスケットボールそのものが、そこまで好きなわけではありません。それでも、シュートだけは得意だったので、そこだけ個人練習を続けてきました。その結果、中学1年生で、レギュラー組に入ることができました。
センターピンは、最初から明確でなくてもいいのだと思います。続けているうちに、自分の得意なことが、自然と見えてくることもあります。
「あの子がやるなら、自分もやる」と言われる子に
これは、三男だけの話ではありません。長男も、次男も、それぞれ違う形で、周りから頼りにされる存在に育っています。長男は、実績とリーダーシップで。次男は、一緒にいることの楽しさや安心感で。三男は、シュートという専門性で。頼られ方は、それぞれ違っても、3人とも、確かに「人から必要とされる子」に育っていると感じます。
技術や結果の前に、まず、信頼される人間であってほしい。3人にチーム競技を続けさせた理由は、突き詰めれば、そこにあったのだと思います。
どんな時代でも、そういう子はいます。それって、生まれ持ったものなのでしょうか。おそらく、違うと思います。
「信頼される力」は、生まれつきではなく、育てられる
実際、リーダーシップ研究の世界でも、同じことが言われています。かつては「生まれつきのカリスマ性」が重視される時代もありましたが、現在の研究では、「リーダーシップは生まれつきの資質だけでは決まらない」というのが、共通した見解になっています。
経営学者ピーター・ドラッカーは、リーダーシップを「仕事・責任・信頼」と定義し、「メンバーが自然に付き従うもの」だと説いています。能力の高さではなく、日々の積み重ねの中で、周りから信頼されているかどうか。それこそが、本質なのだと思います。
3人の息子たちが、チーム競技の中で、一人ではできないことを仲間と乗り越えてきた経験は、まさにこの「後天的に育つ信頼」そのものだったのではないかと思います。
これからの時代も、変わらず価値を持つもの
AIがどれだけ発達しても、「あの人と一緒にやりたい」と思わせる力だけは、代替できません。技術やスキルは、時代とともに、いくらでも移り変わっていきます。でも、「一緒に頑張った経験」「困難を乗り越える過程で生まれる信頼」は、シミュレーションでは作れない、人間だけの財産です。
まとめ
- 3年生から6年生までの4年間、一つの競技を続けさせる「縛り」を作っていた
- 続けた子は、運動が苦手でも、必ず何かができるようになる
- 向いている競技より、育てたい心(関係性、思いやり)を優先して、あえてチーム競技を選ばせた
- センターピンは、最初から明確でなくていい。続ける中で見つかることもある
- 頼られ方は違っても、3人とも「人から必要とされる子」に育っている
- 「あの子とならやりたい」と言われる力は、生まれつきではなく、後天的に育てられるもの
- この力は、AI時代においても、決して代替できない価値を持ち続ける
アセラズ、クサラズ、アキラメズ。
技術より先に、信頼される人間であってほしい。多くの親が願う、その気持ちは、日々の積み重ねの中で、必ず育てられるのだと思います。


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